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教員という職業を考え、自由な人生を考える。

パニック障害を患って休職した教員が、今までの人生を振り返り、そしてこれからの人生を考えるブログ。自由な人生とは何か。幸せとは何か。

プール事件 〜パニック障害になったきっかけ①〜

なぜ私がパニック障害になったのか。

 

 

 

2014年6月。4月からほぼ休みなく働き、学校で水泳が始まる時期。

 

 

 

 

 

 

この学校に来て初めてプールのろ過機、塩素注入機を触るので、

 

前年度までのこの学校の体育の先生に来て頂いて、

 

もう一人の体育の先生と一緒に機械の扱い方を教えてもらった。

 

 

 

そして次の日の朝一番、一人で、教えてもらった通りに機械室で塩素注入機に塩素を入れる。

 

 

 

 

 

すると、なぜか悪臭が漂ってきた。

 

 

 

 

 

すぐに機械室から出ればいいものの、

 

 

 

 

 

「なんで昨日はうまくいったのに、どうして?」

 

 

 

 

「ここを触ればいいんだっけ?」

 

 

 

 

としばらくそこにいてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「もう限界・・・」

 

 

 

 

 

というところで機械室から出る。

 

 

 

 

呼吸がヒューヒューいう。

 

 

 

 

心臓がやたらばくばくする。

 

 

 

 

 

 

なんとか歩いて、意識朦朧としたまま職員室に行く。

 

もう一人の体育の先生に、状況を伝え、言い終わったら、

 

 

 

 

 

 

力が抜けて過呼吸。人生初。

 

 

 

 

 

 

保健室に運ばれ、学校医に連絡してもらい、状況を伝えてもらいながら待機。

 

私は人生初の過呼吸

 

 

 

 

 

「死んでしまうんじゃないか」

 

 

「新聞のお悔み欄に28歳で載っちゃう」今思うとなんか余裕あるな笑

 

 

 

なんて考えながら、必死に耐える。

 

 

 

 

 

学校医からは塩素中毒だろうということで、

 

しばらく空気のいいところで安静にしていれば大丈夫ということなので、

 

しばらくそのまま待機。過呼吸もおさまってきた。

 

 

 

 

手のしびれはあるものの、学校医が大丈夫というので、

 

事務の先生に家まで送ってもらい、一日安静。

 

 

 

しかし、家に帰っても猫以外誰もいない。

 

 

 

 

 

一人でいるのが不安。

 

 

 

 

また過呼吸が起こったらどうしよう。

 

 

 

 

 

 

 

この日から私の苦悩は始まる。続く。

 

 

 

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