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教員という職業を考え、自由な人生を考える。

パニック障害を患って休職した教員が、今までの人生を振り返り、そしてこれからの人生を考えるブログ。自由な人生とは何か。幸せとは何か。

私が教師になった理由

こんにちは、みほです( ̄▽ ̄)

 

 

過労でパニック障害になり、

学校を休みだしてからブログを書き始め、

私が今に至るまでを過去から振り返って書いてきました。

今までの記事はここからhttp://www.miho1ara.com/category/blog/見ることができます。

 

今は教師を辞めることを前提に、次の準備を進めています。

それは

「教師の転職を考えている人の力になりたい」

「鬱や心の病気になった人の力になりたい」

ということ。

 

詳しくはこちら 

www.miho1ara.com

 

 

 

 

今日は、ちょっと再び過去を振り返り

『なぜ私が教師になったか』を書こうと思います。

 

 

私には兄がいます。しかも教員です。

教員一家なのかというと全然違います。

 

私の家は自営業をしています。

しかし、景気もあまり良くないので、父親の代で終わりになります。

兄も家業を継がなくても良いということで教員になりました。

 

兄がなぜ教員になったのかはわかりませんが、

全然教員一家ではないのに、兄弟揃って教員を目指したわけです。

 

 

では、私は小さい頃から教員を目指していたかというと、そうではありません。

むしろ、中3の時の担任の先生に『子ども嫌いだから、先生にはならない』と言っていたそうです。

しかし、地元に帰ってきて昨年度までの3年間、

この中3の時の担任の先生と一緒に働くことになりましたが笑

 

 

 

体を動かすことは好きで、父親が野球が好きな影響で、

小さい頃から駐車場でキャッチボールやバッティングをしていました。

習っていた運動は水泳、サッカー、トランポリン、体操。

 

中学は水泳部。

高校はバレーボール部

大学はソフトボール部(4ヶ月でやめましたけど)

 

と運動三昧。

(エレクトーンとかも習っていたんですけど、練習しなくてやめました笑)

 

 

一番長くやっていたのは水泳で、幼稚園から中学までの10年間。

水泳はスポーツジムのプールに通っていたので、

その影響でか、将来の夢はずっとスポーツインストラクター。

コーチとかカッコよく見えたんでしょうね。

 

中学校の職業調べでは、スポーツインストラクターを調べ、

職業体験では、自分が通っているプールへ行く。

 

高校生になっても、そんな感じで、

アスレチックトレーナーとかも少し興味があったけど、

なんだかんだスポーツに関わる仕事しか考えていないけど、教師は全く眼中になかったです。

 

高校2年生になる時、文系か理系か選ばなくちゃいけませんが、

体育系ってどちらでもいいんですよね。

 

理系科目の方が得意でしたが、言うほどでもないので、

学ぶことが少ない文系に進みました。

 

いよいよ大学受験。体育系の仕事と決めているなら、専門学校もありだったんだと思うんですが、

一応、進学校だったので、周りの流れから大学進学志望。

そして、裕福でないので、国公立志望。

 

国公立の大学って、教育学部以外のスポーツ系ってその頃少なかったんですよ。

筑波大の体育専門学群くらいしかなかったんじゃないですかね。

目標には程遠いけど、筑波大を目指していました。

けど、私の頭じゃ本当に遠かった。

 

センター試験。得意の数学で失敗して、とても筑波を受けられる点数じゃなかった。

英語はまあまあそんなもんだったので、高3の担任に

「英語の点数が2倍になる〇〇教育大学はどうだ?」

と言われましたが、

「教員にはなりたくないから、受けません」と断り、

 

教育学部だけど、教員養成ではないスポーツ科学がある大学を前期も後期も受けました。

しかし、撃沈。

お金ないけど、わがままいって、関東の私立体育大学へ行くことになりました。

 

 

そして、高3の時の担任とは仲良くて、仲いい友達と一緒に、

大学進学前に県外行く組にお別れ会?を開いてくれました。

 

その時のこの担任の一言で私の人生変わりました。

 

 

 

 

「お前は教師になりなさい。」

 

 

 

 

なぜか、自分もこの時は

「そうなんだぁ」

と思って、その後から素直に教員を目指すことになりました。

 

運よく、進学した大学は教員養成に力を入れていたので、

体育教員になるにはぴったりだったのです。

 

 

いつ考えても、この話は本当に不思議。

ずっと教員にはならないって思ってきたのに、

たった一言ですっと変わっちゃうんだもん。

 

それから自分は

 

 

 

『教員の言葉って、その人の人生を変えるくらい重みのある言葉なんだなぁ・・・』

 

 

 

と思って、仕事をしています。

 

 

この高3の時の先生は、今でも時間があれば会って飲み会をする仲です。

(私はお酒飲めませんが)

 

そして、実は私の旦那もこの高3の時のクラスメイトです笑

 

担任の先生には、披露宴にも来ていただき、乾杯の挨拶をしてもらいました^^

 

 

ちゃんちゃん♪

 

 

 

というわけで、私がなぜ教師を目指したかというのは、

こんなあっさりとした理由なんですf(^^ ;)

 

でも、教育実習はスーパー楽しかったですね。

運動会も近くて、夏休み中からダンスの練習しなくちゃいけなくて、

その期間も入れると、5週間くらい実習することになったんですが笑

 

この時にはもう「絶対、教員になる!!」って誓っていました。

いや~不思議~。

人生何があるかわからない。

 

 

 

それでは今日はこの辺で♪( ´θ`)ノ

 

 

 

 

 

そんなみほのもっと詳しい自己紹介

 

www.miho1ara.com