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教員という職業を考え、自由な人生を考える。

パニック障害を患って休職した教員が、今までの人生を振り返り、そしてこれからの人生を考えるブログ。自由な人生とは何か。幸せとは何か。

次の日の話 〜パニック障害になったきっかけ②〜

2014年6月、プール事件がきっかけでパニック障害になった。

 

 

プール事件については前回の記事をお読みください)

 

パニック障害になったきっかけ

 

 

 

 

 

今日はその次の日の話。

 

プール事件当日はゆっくりと休養しながらも

 

 

 

「こんなにゆっくりと過ごしたのどれだけぶりだろう・・・」

と思った。

 

 

 

この時はそれなりに強かったみたいで

 

次の日は車は学校に置いたままだったので、

 

父親に学校まで送ってもらって学校に行った。

 

 

 

朝、普通に職員室で仕事をしていると、

 

普段あまり喋らない40代の先生から声をかけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

まさかこの後、事件後初めてのパニック発作におそわれるとは知らずに・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普段あまり喋らない40代の先生

「昨日の、大丈夫だった?うちの主人、理科の先生なんだけど

昨日のみほさんの話したら、下手したら死ぬこともあるんじゃないか。

って言ってたよー。大丈夫みたいで良かったー。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・『死ぬ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この言葉が昨日の事件をフラッシュバックさせた。

 

 

 

 

 

 

 

職員室で立っていられなくなった。

 

 

 

 

呼吸が苦しい。

 

 

 

 

 

「でも、クラスの朝自習見に行かなくちゃ・・・」

 

 

 

 

 

その状態にいち早く気づいてくれた新採の後輩くん

 

 

後輩くん「大丈夫ですか?代わりに俺行きますか?」

 

私「大丈夫」

 

 

 

でも心配してくれて、後ろからついてきてくれた後輩くん。

 

 

 

教室は3階だったんだけど、登れば登るほど、胸、頭が締め付けられる。

 

 

 

 

 

 

「子どもの前では元気にしなきゃ」

 

 

 

 

 

そう思って教室には入るんだけど、

 

 

 

教卓で前見て立てなくて、椅子に座り込んでしまう。

 

 

 

 

 

「苦しい・・・」

 

 

 

 

 

後輩くんは最後までついてきていたみたいで、私のそんな様子を見て

 

 

後輩くん「代わりますよ」

 

 

私は教室から出て、廊下でしゃがみこむ。息を必死で整える。

 

 

 

 

 

 

 

「生徒や他の先生に迷惑かけちゃいけない」

 

 

 

 

 

 

私はなぜかそんなふうに一番に考えてた。

 

 

 

今思えば、もう少し周りに頼ることができる性格だったら、

 

今こうして休職しなくてもすんだのかなーって思う。

 

 

 

 

 

 

そして、今更気づいてごめんだけど、

 

この後輩くん、いろいろ問題児扱いされてるんだけど笑

 

私はあんまりそう思わなくて

 

新採で今ドキの子ならではの感性があって、鋭くて、

 

むしろ助けられることが多くて

 

 

 

 

 

今回の件も『気づいてくれた唯一の人』

 

 

 

 

 

 

本当に感謝しなければなー。ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、私のパニック障害の症状は、まだまだ続く・・・

 

 

 

 

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